トロント市議会の決定
2021年7月14日(水)、トロント市議会(Toronto City Council)は、Dundas Street- ダンダス・ストリートの改名・名称変更について、賛成票17反対票7となり、現 Dundas Street- ダンダス・ストリートの新名称の公開協議を進めることを決定しました。(source: council voted 17-7)
トロント市議会(Toronto City Council)はこの時、トロントの Dundas Street- ダンダス・ストリートが、奴隷制との関連で改名の動きに加え、かつての奴隷所有者にちなんだ名を持つ12の通りを含め、さらに60の通りの名前を変更する必要があることを確認、Dundas Street-ダンダス・ストリートと他の施設の同名化を決議しました。
トロント市は、Dundas Street- ダンダス・ストリートの改名について、黒人と先住民のリーダーで構成されるコミュニティ諮問委員会を招集し、共に協議をする予定です。
source: toronto.ctvnews
Dundas Street- ダンダス・ストリート改名のきっかけ
Andrew Louchhead- アンドリュー・ラウチヘッド氏の嘆願書
今回の決定は、2020年6月、ミネアポリスでの George Floyd- ジョージ・フロイド氏の死をきっかけに反黒人人種差別が世界的に議論されたことを受け、トロントの男性 Andrew Louchhead- アンドリュー・ラウチヘッド氏が立ち上げトロント市へ請願書を出したことがきっかけです。
男性 Andrew Louchhead- アンドリュー・ラウチヘッド氏がトロント市へ出した嘆願書の抜粋外貨の通りです。
「トロント市が、今回の抗議活動を受けて、市議会はダンダス通りの名前を変更することで、”人種的不平等と搾取のシステムを維持するために積極的に働いた人物との歴史的な関係を断つための建設的かつ象徴的な一歩”を踏み出すべきだ。」
「私たちは、トロント市議会が、トロント市の Dundas Street- ダンダス・ストリートの名称を、より適切な人物、場所、出来事を称えるものに変更するための公開プロセスを開始することを求めます。」
「また、このプロセスは透明性があり、候補者の長いリストを作成するために、特に黒人主導の組織や歴史協会と協力して行われるべきだと信じています」。
Andrew Louchhead- アンドリュー・ラウチヘッド氏は当時、Dundas’ legacy- ダンダスの遺産は「非常に問題がある」と述べ、この嘆願書がトロント市の大動脈である通りの一つの名称変更につながるだけでなく、トロント市が通りの名前や記念碑で誰を称えるのかについての議論が始まることを期待していました。
Dundas- ダンダスの遺産
現在の名称である Dundas Street- ダンダス・ストリートは、大英帝国内での奴隷制廃止(大西洋横断奴隷貿易の廃止)を遅らせる為に努めた事をで知られるスコットランドの大臣、Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスが由来です。
Henry Dundas- ヘンリー・ダンダス
Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスは18世紀のスコットランドの政治家です。
トロント市民のなかには、人種差別や奴隷制度、性差別や女性蔑視、レジデンシャル・スクールなど、過去の白人男性が不幸にも頻繁に関わっていた抑圧的な信念や行為との結びつきが問題視されている、植民地時代の無数の人物のひとりです。
史料によると、Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスは1792年に提出された「奴隷貿易の即時廃止」を求める法案に反対し、その代わりに「奴隷制度の漸進的廃止」を求める修正案を提出した事が記載されています。その後、Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスの修正案は採用され、廃止時期は1796年と提案されましたが、この法案は The House of Lords- 貴族院で成立しませんでした。
そして、時は過ぎ、イギリスの植民地で奴隷制度が正式に廃止されたのは1807年になってからとなりました。
source: According to historical records
改名に関しする歴史家による賛否両論
- Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスが奴隷制度の廃止に消極的だったのは、「fear of radical change- 急激な変化への恐れ」が動機だったという指摘。
- Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスの修正案は「effectively delayed abolition for nearly two decades- 事実上、20年近く奴隷制廃止を遅らせた」という指摘。
- 彼らはまた、陸軍長官だった Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスが、イギリスの植民地化の一環として、西インド諸島の連隊に奴隷を徴兵した立役者であるという指摘。
- Home Secretary- 内務大臣としての Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスは、”in the subjugation of Indigenous peoples- 先住民を服従させる “という重要な役割を果たしたという指摘。
source: nowtoront
トロントのモットーである “Diversity Our Strength “
Dundas Street- ダンダス・ストリートの改名を求める請願書は、「トロントのモットーである “Diversity Our Strength “を反映していない」とトロント市が指摘する通り、通りの名前やモニュメント、公人の記念碑などの広範な見直しにつながっています。公人を記念するための新しい枠組みは、2022年春までに市議会に提出される予定です。
トロント市が発表したこの決定に関するリリース(上画像)によると、「”addressing the historical legacy of Dundas Street”- ダンダス通りの歴史的遺産を取り上げること」は、「”[challenging] systematic institutionalized racism and [building] a more inclusive Toronto for all.”- 組織的な制度化された人種差別に挑戦し、すべての人にとってより包括的なトロントを構築する」ための一歩であるとしています。
Dundas Street- ダンダス・ストリート改名のプロセスの主導権
トロント市によると、Dundas Street- ダンダス・ストリート改名のプロセスは、黒人や先住民のリーダー、Dundas Street- ダンダス・ストリート沿いに住み、働く多様なコミュニティの代表者、Business Improvement Areas- ビジネス改善エリアや住民団体などで構成されるコミュニティ諮問委員会(Community Advisory Committee)が主導する事になっています。
トロントの John Tory- ジョン・トリー市長の発言
トロントの John Tory- ジョン・トリー市長は、名前の変更を進めるための投票の前に、議会で「”This is the right thing to do,”- これは正しいことだ」と述べ、また、Henry Dundas- ヘンリー・ダンダスは「”never stepped foot in Canada”- カナダに一歩も足を踏み入れていない」とし、彼の遺産を称えるべきではないと述べました。
現 Dundas Street- ダンダス・ストリートの新名の決定~移行~完了まで
トロント市民からの意見を受けて、現 Dundas Street- ダンダス・ストリートは、2022年4月に新しい名称が決定される予定です。この変更には、Yonge-Dundas Squareや地下鉄Dundas駅などの市のランドマークが含まれます。
見解:トロント市政担当者:Chris Murray- クリストファー・マレー氏
2018年からトロントの第5代、現職の市政担当者を務める Chris Murray- クリストファー・マレー氏は先月、トロントのニュースチャンネル CP24に対し、次の様に述べています。
「2022年から2023年にかけて、まず新しい名前を決定し、次に実際にDundas- ダンダスの名前を道路やその他のシンボルに表示する作業を開始することを考えています。(つまり、Dundas- ダンダスの道路標識をすべて撤去するには2023年までかかる可能性がある。)」
「トロント市は名称変更の影響を受ける企業に対して「何らかの支援を行う可能性」を考えています。」
※ダンダス通り沿いには約4,000の企業があり、そのうち約60の企業の名前に「Dundas- ダンダス」が使われていると言われています。
見解:トロント市会議員: Joe Cressy- ジョー・クレッシー氏
トロント市の市会議員 Joe Cressy- ジョー・クレッシー氏は、この変更を “absolutely necessary.- 絶対に必要 “としています。
Joe Cressy- ジョー・クレッシー氏は自身のツイッターで、「Dundas Street- ダンダス・ストリートの改名に対する議会の支持は、我々の都市と国に埋め込まれている差別と体系的な人種差別に対処するための一歩であり、長い間待ち望まれていた仕事だ」と記載している。
A more inclusive city for all isn’t just possible, it’s absolutely necessary. Council’s support for renaming Dundas Street is a step forward in addressing the discrimination and systemic racism that’s embedded in our city and our country — work that’s long overdue.
— Joe Cressy (@joe_cressy) July 14, 2021
source: toronto.ctvnews
Dundas Street- ダンダス通りの名称変更に対処する、トロント市の選択肢
昨年の2020年、Dundas Street- ダンダス・ストリートの名称変更を求める請願書が出され、14,000人以上の署名が集まった後、トロント市はこの問題に対処するための選択肢を検討すると発表しました。その選択肢が次の通りです。
- Do nothing
- Retain the legal street names and add ceremonial street names and/or interpretation (e.g., plaques) along each street
- Retain the legal street names but rename three parkettes and one public library branch with Dundas in their names, and rename Yonge-Dundas Square
- Change the legal names of Dundas Street East, Dundas Street West, Dundas Square, and Old Dundas Street, as well as other civic assets carrying the Dundas name.
- 何もしない
- 法律で定められた通りの名前を維持し(維持するが)、各通りにセレモニー用の通りの名前や説明(例:プレート)を追加する。
- 法律で定められた通りの名前を維持するが、3つのマーケットと1つの公共図書館支店の名前をダンダスに変え、Yonge-Dundas Squareの名前を変更する。
- ダンダス・ストリート・イースト、ダンダス・ストリート・ウェスト、ダンダス・スクエア、オールド・ダンダス・ストリートの法的名称を変更するとともに、ダンダスの名を冠したその他の市民の資産も変更する。
※トロント市は選択肢1(何もしない)を推奨しているわけではないことを慎重に述べています。
選択肢4は、つまり「通りの法的名称とその他の関連する市民の資産を完全に変更する」という解釈になります。
もし、仮に選択肢4を選択した場合、約730の道路標識、2つの地下鉄駅、8つのToronto Community Housing Corporation residences(住宅)、複数のトランジットシェルター、13の公園標識、31のBike Shareステーション、消防署、博物館、公共図書館の分館が変更されることになります。
新たな通り名の提案
他にも、Black newspaper- 黒人新聞社の先駆者 Mary Ann Shadd– メアリー・アン・シャッド、Nova Scotian- ノバスコシア州の黒人公民権運動家 Viola Desmond– ヴィオラ・デスモンド、移民権運動家 Donald Willard Moore– ドナルド・ウィラード・ムーア、カナダで初めて黒人政治家に当選した William Peyton Hubbard– ウィリアム・ペイトン・ハバードなど、歴史上の人物にちなんだ名前をつけることを提案している住民もいます。
他にも、看板の変更を容易にするために、「u」を「o」に変更するなど、はるかにシンプルな提案もあります。(下記)
A petition urging the city of Toronto to consider renaming Dundas Street has garnered nearly 3,800 signatures online as of Wednesday afternoon. https://t.co/LlVFalNxsb
— Toronto Star (@TorontoStar) June 10, 2020
Dundas Street- ダンダス・ストリートの名称変更に伴う「影響・費用」
この報告書では、Dundas Street- ダンダス・ストリートの名称変更は、火曜日の実行委員会の投票を経て、TTCの駅、道路や高速道路の標識、Bike Shareの駅や駐車場、Yonge-Dundas Square -ヤング・ダンダス・スクエアにも適用されます。
この変更には510万カナダドルから630万カナダドルの費用がかかるとトロント市は見積もっており、これには「Dundas- ダンダス」の名を冠したすべての市民の資産の再ブランド化にかかる費用、そして、店舗名を変更しなければならない可能性のある Dundas Street- ダンダス・ストリートの企業への支援も含まれます。
「Rename Dundas Street」-ダンダス通りの名称変更を求めて活動
「Rename Dundas Street」は、トロントの Dundas Street- ダンダス・ストリートの名称変更を求めて活動してきた団体です。この「Rename Dundas Street」は、住民の参加を促すために新しいキャンペーンとウェブサイトを立ち上げています。
Rename Dundas Street の目的は、1年以上前から、ダウンタウンの大通りに、奴隷制度廃止に積極的に反対した歴史上の人物を連想させないような新しい名称をつけることでした。
Rename Dundas Street のウェブサイト: Rename Dundas Street
TORONTO! #RenameDundasStreet has 1 more vote on July 14! We need YOU to tell your Cllr to support it!
— RenameDundasStreet (@DundasRename) July 7, 2021
We’ve got a handy autofill form made by @ProgNationCa so it’s EASY! Please share with friends and family! https://t.co/JZrRteSWct#TOpoli #Toronto
改名が必要となる可能性のある他の通り・ランドマークの名称
Dundas Street- ダンダス通り名の見直しの一環として、トロント市職員は改名が必要となる可能性のある60の通り名を特定しており、その中にはかつての奴隷所有者にちなんだ12の通りも含まれています。
これらの中には、1794年にヨーク郡の副警部と奉行を務め、6人の奴隷を所有していた William Jarvis– ウィリアム・ジャービスにちなんで名付けられたジャービスのような注目すべき通りも含まれています。(William Jarvis, a former deputy lieutenant of the county of York )
また、奴隷を所有していたが通りの名前にはなっていないformer prominent- 著名人が、トロント市内のランドマーク・歴史的な場所に関係していることがあります。
Here are some alternative names for #DundasStreet:
— Sam Roulston (@SamRoulston) June 11, 2020
– Viola Desmond Street
– Carrie Best Street
– Anne Cools Street
– Zanana Akande Street
– Rosemary Brown Street
– Jean Augustine Street
– Janaya Khan Street #RenameDundasStreet @cityoftoronto
Rename Dundas Street! A few suggestions: Electric Avenue (obviously), Old Town Road, Sesame Street, Wu Tang Way or Dancing In The Street… all fine names. #RenameDundasStreet *yes I am someone’s Dad.
— JJ LaBorde (@torontojj) June 11, 2020
Peter Street 他:
元地方行政官、 Peter Russell- ピーター・ラッセル氏
Upper Canada- アッパー・カナダの a provincial administrator- 地方行政官だった Peter Russell– ピーター・ラッセル氏は、4人の奴隷を所有し、Beverley- ベバリーと Huro- ヒューロンの間の Queen- クイーンから Bloor- ブロアーまでの 100acre- 100エーカーの農場「Petersfield- ピーターズフィールド」で働いていましたが、この Peter Russell- ピーター・ラッセルにちなんで名付けられた通りがいくつかあります(Peter Street- ピーター・ストリートを含む)。
The Royal York Hotelの敷地:
元地方事務局長、 Robert Isaac Dey Gray- ロバート・アイザック・デイ・グレイ氏
例えば、Upper Canada- アッパーカナダの事務局長であった Robert Isaac Dey Gray- ロバート・アイザック・デイ・グレイは、Wellington- ウェリントンと York- ヨークの家で2人の奴隷と暮らしていました。1804年10月7日、オンタリオ湖で暴風雨に遭った the HMS Speedy- HMSスピーディ号で亡くなった20人の乗客の中に、Robert Isaac Dey Gray- ロバート・アイザック・デイ・グレイと彼の奴隷の1人が含まれていました。Robert Isaac Dey Gray- ロバート・アイザック・デイ・グレイ氏の残りの奴隷は、アッパー・カナダ初の弁護士の一人である William Dummer Powell-ウィリアム・ダマー・パウエル首席判事のもとで暮らすことになりました。William Dummer Powell-ウィリアム・ダマー・パウエル氏の屋敷は、York- ヨークと Front- フロントの北東の角近くにあり、現在は The Royal York Hotel-ロイヤルヨークホテルの敷地となっています。
同様に、現在の King Edward Hotel- キング・エドワード・ホテルの場所には、所有者が罰として奴隷を投獄した牢獄が有りました。The Ontario Black History Society- オンタリオ黒歴史協会の Natasha Henry- ナターシャ・ヘンリーの調査によると、Peter Russell– ピーター・ラッセル氏はこの監獄の建設を依頼していたといいます。(source: Black History Society)
Simcoe Street and Simcoe Park:
元アッパー・カナダの初代副総督、John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコー
Simcoe Street- シムコー・ストリートと Simcoe Park- シムコー・パークは、Upper Canada- アッパー・カナダの初代副総督である John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコーにちなんで名付けられました。
John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコーは「The Act Against Slavery- 奴隷禁止法」を制定し、Upper Canada- アッパー・カナダへの奴隷の輸入を禁止しました。しかし、John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコーの側近(多くは裕福な土地所有者)が奴隷を飼う事を John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコーは防ぐことはできませんでした。
当時、The Upper Canada Legislative Assembly (1792–96)-アッパー・カナダ立法議会(1792~96年)の選出議員16人のうち6人が奴隷所有者か、家族に奴隷所有者がいました。その中には、Upper Canada- アッパー・カナダで最も著名な奴隷所有家の一員である François Baby- フランソワ・ベイビーもいました。トロントの Baby Point- ベイビーポイントの名前の由来となった父親の Jacques James Baby- ジャック・ジェームズ・ベイビーは、20人ほどの黒人や先住民の奴隷を所有していましたが、そのうちの何人かは、父親の死後、François Baby- フランソワ・ベイビーと彼の弟に引き継がれました。(source: Jacques James Baby, for whom Baby Point in Toronto is named)
トロント市の見直しリストに載っている他の著名な通り名
Alexander Street, Alexander Place, Wood Street – アレキサンダー・ストリート、アレキサンダー・プレイス、ウッド・ストリート
Upper Canada- アッパー・カナダの判事であったAlexander Wood- アレキサンダー・ウッドにちなんで名付けられました。最近では、Indian Residential Schools- インディアンレジデンシャルスクールとの関係が指摘され、The gay village- ゲイ・ビレッジにある彼の銅像を撤去するよう求められています。(source: Indian Residential Schools)
Castle Frank Road, Castle Frank Crescent – キャッスル・フランク・ロード、キャッスル・フランク・クレセント
John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコーの夏の別荘地は、彼の息子 Francis- フランシスにちなんで名付けられました。1954年に Prince Edward Viaduct Parkette- プリンス・エドワード・バイアダクト・マーケットテに、The Castle Frank cabin- キャッスル・フランクの小屋の元の場所を記念するマーカーが建てられました。
Gladstone Avenue – グラッドストーン・アベニュー
William Ewert Gladstone- ウィリアム・エワート・グラッドストーンにちなんで名付けられました。William Ewert Gladstone- ウィリアム・エワート・グラッドストーンはイギリスの元首相で、当選した Tory- トーリー党員としての就任演説で西インド諸島の砂糖プランテーションの奴隷所有者を擁護しました。
Yonge Street, Yonge Blvd.(Boulevard) – ヤング・ストリート、ヤング・ブルーバード
カナダで最も長い通り(そして North York- ノースヨークの富裕層向けの通り)は、John Graves Simcoe- ジョン・グレーブス・シムコーの友人で実際に北米に足を踏み入れたことのない George Yonge- ジョージ・ヨンジにちなんで名付けられました。この通りは、George Yonge- ジョージ・ヨンジの貴族的な風貌と、南アフリカのケープコロニーの総督を務め、奴隷制度廃止の法律を無視したことから、”Lofty Twaddler “というニックネームが付けられました。(source: George Yonge,)
Maitland Street, Maitland Place – メイトランド・ストリート、メイトランド・プレイス
Upper Canada- アッパー・カナダの元副総督で、Indian Residential Schools- インディアン・レジデンシャル・スクールの初期の提唱者である Peregrine Maitland- ペレグリン・メイトランドにちなんで名付けられました。
Vaughan Road – ヴォーン・ロード
Jamaica- ジャマイカ生まれの医師であり、州議会議員でもあった Benjamin Vaughan- ベンジャミン・ヴォーンにちなんで名付けられました。彼はイギリスの国会議員として、奴隷制度の廃止に反対しましたが、後に、奴隷が反抗する誘因を与えないようにという理由で、その立場を変えました。
Wellesley Avenue, Wellesley Place, Wellesley Street – ウェルズリー・アベニュー、ウェルズリー・プレイス、ウェルズリー・ストリート
初代 Wellington- ウェリントン公爵である Arthur Wellesley- アーサー・ウェルズリーにちなんで名付けられました。Arthur Wellesley- アーサー・ウェルズリーは英国の選挙制度の改革やユダヤ人男性への投票権の付与に反対した。彼の政府は就任から2年後の1830年に追放されました。
トロント市、リスト上の全ての通り名を改名する必要性に関して
トロント市のメディア広報担当者、Kris Scheuer- クリス・ショイヤー氏は以下の様に声明を発表しています。
「トロント市のリストに載っているすべての通り名を必ずしも変更する必要は有りません。」
「むしろ、この文書の目的は、すでにメディアやコミュニティ・フォーラム、学術研究で疑問視されていたり、カナダの他の都市で見直されたり変更されたりした通り名を追跡することに有ります。Dundas Street- ダンダス・ストリートの様に、名前の変更を検討する前には、歴史的な調査やコミュニティの参加に基づいた見直しが必要となります。」
「この審査の結果に応じて、名前の変更、プレートやサインによる説明の追加、あるいはこれ以上の対応は必要ないとの結論など、さまざまな対応が考えられます。」
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